自分に向き合うときのコツ(内省力養成)

 カウンセリングに来談したクライアントで「自分に向き合わないと、と思って来ました」と言う人がいます。ユング派心理分析家河合隼雄先生が講話の中で自分のことが一番わからないものだと言っていましたが、そんな自分に「向き合わないと」と決心したこと自体に、すごい決意をされて来談されたんだなあ。と尊敬の念を覚えます。自分を内省するという作業。これは意外に大変な心理作業なのです。

 自分に向き合って内面を見つめることは、特に慣れないうちはどのようにするのか良くわからなかったり、内を見るのが怖かったり、そこにあるものが受け止めかねるように感じられたり、圧倒されそうになったりしてなかなかうまくいきません。

 インテグラル心理学を提唱しているケン・ウィルバーは内省的知能といって『自己認識を深められるかどうかも知恵を手にすることができるかどうかも、全ては、内側を明晰に見つめることができるかどうかにかかっているのです』と著書『インテグラル理論を体感する』という著書の中で言っています。そしてこの能力は生まれつきそなわっている能力ではないとも言っています。それはトレーニングによって身につけることができるのです。

内省は難しい

 カウンセリングではカウンセラーがクライアントの話を傾聴し、共感して話しを聞いていくことで良い悪いの評価を挟まないで話しが進みます。例えば「強くなければならないんです」とクライアントが言った時、カウンセラーが「そうですか。強くなければならないんですね」などと共感的に返していくことでクライアントは自らの価値観を見直し始めることができるのです。カウンセラーに受け入れて貰いながら話すと、次第に心の片隅にあったものまで浮かんでくるようになり、それが気づきとなることもあります。価値観の枠がゆるんで、クライアントの内省が深まっていき、ありのままの自分を認めるような洞察などが起こりやすくなるのです。そして次第に今度は当人自身だけで内面を見つめても良い悪いの評価をしないで自分を見守れるようにもなっていけるのです。

 自分一人でする内省がなかなかうまく行かないのは、内を見ることで今まで意識しなかった自分のあり方を発見しても、それまで持っていた価値観から見たらそれは悪いものだと見えてしまうので受け入れられないのです。そこで止まってしまうわけです。人は子供の頃のしつけの影響からか、長い間の習慣で自分に対して自らの理想とする枠組みから、良い悪いの評価をくだす癖がついています。内省するときにもそれが瞬時に働くのでそれ以上内省を深めることや広げて行くことがなかなかできなくて止まってしまいます。

 また私達は普通、自分の内面の一部分に一体化していてそこが自分と思い込んでいるので、その部分を対象化して見ることができなくなります。内省はそこで終わりとなってしまいます。一体化によってそれ以上内省が深まらなくなってしまうこのやっかいな状態は、共感的なカウンセラーと一緒に問題に取り組む場合にもよくあることです。

内省する時の基本スタンス

 このブログでは自分に向き合うときに一番基本といえるケン・ウィルバーの強調する「只見る(見守る)」というあり方を検討します。また一体化の壁によって内省やカウンセリングが途中で止まってしまい、どうどう巡りになってしまう辺りを乗り越えるための技法として、自分と一体化している部分から[[脱同一化]]を図るための『感じの感じ』という心の内を種分けしていく見方の二点を検討します。

 自分を見る事になれてないクライアントに、どのような態度で自分を見てみれば良いか。例え話でよく言うのですが、それは「学校のクラスの担任の先生で、えこひいきしないでクラスの皆を見守っていける平等な先生になって内面を見てください」「優秀な良い生徒も、優秀でない生徒も、反抗的な生徒も、影の薄い目立たない生徒も、不登校で学校に来てない生徒までも心にかけておくような先生のつもりで自分の内のあれこれを見守ってみましょう」というような説明です。このような態度を身につけた先生がクラスを見守れば、それは時間はかかるかも知れませんが、一部分でない全体のグループダイナミックスが活性化されてくるのでクラス全体が生き生きし始めるでしょう。もちろん自らの内面にも同じ態度で接すれば、内面の様々な要素を見守り育てて生かせるようになっていけるのです。

只見る

 ケン・ウィルバーは『インテグラル理論を体感する』の中でマインドフルネス瞑想のやり方を述べていますがそれは、今まで無意識のうちに自分を突き動かしていた部分を認識した時、そこを変えようとか止めようなどとしないで只見るというやり方です。とにかく『見る』ことをとにかく大事にしています。向き合う(見ようとする)と言うこと事は向き合った(見ている)向こう側を対象化できるわけです。ケン・ウィルバーは良し悪しの評価を入れないで良いも悪いもそのままを只保持しておくことでそこから脱同一化(客観視)ができると言っています。要するに今までピッタリくっついていたためにそれが自分と思い込んで(無意識的に)動かされていたそれに振り回されなくなるのです。『見る』という行為は心理学全般にとってキーワードと言えるくらい重要です。見る(向き合う)ことでそこから一旦離れられる(脱同一化できる)し無駄な動きも鎮まってくるのです。

 内面を見つめて何かに気がついたり感じたりした時、私は少し優しい感じを含んで「そこを見守りましょう」と言ったりもします。そして「そこは今こうなんだねー」とそのまましばらく見守っているのです。そうするとそっちの方から変化して違った感じになったり、時には消えてなくなる場合もありますがそれはそれでそのままを見ておけばよいのです。

 ケン・ウィルバーは「どんな対象に意識を向けるときであってもそれに対して何かをすることは全く必要ないと言います。意識を向けるということそれ自体のために意識を向け、そのありのままを録画しましょう」と言います。ケン・ウィルバーはインテグラルマインドフルネスという技法で、この見るという手法を押し進めて、次々と脱同一化していくと広大な海のような自由と解放の感覚を感じ始めるとも言っています。このあり方は禅仏教で「こだわり(捕らわれ、執着)がなくなり(脱同一化?)あるがままで今を生きる」というのと似ていますね。

 また見ることに徹すると、思考することができるので、思考が思考をよんで収まりがつかなくなるなどの過剰な動きをしなくなるようになります。これは考えないようにしようとしてもなかなか止められない思考過剰の動きを止めるには最適な方法です。

フォーカシング

 フォーカシングという自分の内側の心と体の声に耳を傾け対話する心理技法があります。この技法は内省をするのにとても役立つ方法を上手に体系化しています。ネットのAIの検索には『自分自身と丁寧に向き合うことで、言葉にできない気持ちが整理され、納得のいく決断ができたり、心身の不調が軽くなったりする効果があります。また、単にネガティブな感情を解消するだけでなく、その感覚が何を伝えようとしているのかを理解するプロセスとしても重要です』とあります。今回のブログでは内省という大きな枠組みの向き合い方で必要な事を考えているので、フォーカシングの六つのステップなど体系化された技法にこだわらないでフォーカシングを参考にしながらも内省する時に必要な要素を取り上げてみます。

 内界でよく起こりがちなのは強い感情の塊ができるとそれに対して恐れなどの受け入れがたい感情も湧き起こり葛藤したりすることです。そんな時に相反する両方の感じを見極めることができれば内省もうまくいくのです。でもそんな時普通は、内界の他の部分に対して否定的な感じを持っている、その受け入れがたく感じてる部分の方に一体化してしまっているので「嫌だな、嫌だな」と相反する部分を嫌ってばかりになったり、そこの視点から強い感情の塊の方を変えたい、改善したい、なくしたいなどと思ってしまうのです。こうなってしまうと両者を見守る立ち位置になかなか立てなくて内省が深化しなくなります。(順番からすると他の部分に対して嫌がったり受け入れがたく感じている部分の方を、認めて見守ったりしながらそこを支えることが先決なのです)

感じの感じ(または感じの感じの感じ)

フォ-カシング・ニュ-マニュアル内の図より改変

 フォーカシングでは、心の内面の動きがどうなっているかを見極めるためのコツとして、普段には聞き慣れない言い回しですが『感じの感じ』更には『感じの感じの感じ』などという言葉があります。これによって内面の見えにくい素速い心の動きをとても適切に見極めていけるのです。例えば感じの感じとはどんな状態かというと、内面を見つめた時に激しかったり強かったりして受け入れがたい部分が見つかる場合には「それ怖いです」と言うことになりますね。圧倒されて見守ることができなくなるのです。でもこの時私達は怖いと言う部分に一体化しているために怖いと感じている部分を内省できなくなってしまっています。そこで登場するのがこの『感じの感じ』というとらえ方です。これによってそれという部分だけでなく他にも感じがあると指摘されることで、怖いと感じている部分にもあらためて目を向けて見ることができるようになるのです。一連のまとまった言葉の内に二つの部分があるのを見分けていくことで自己の内面のどの部分にも一体化しないで内面を見守っていけるわけです。

 このように内面を種分けできるようになると気づきや洞察が増えてきます。そして自分の心がどのようになっているか次第に見えてくるようになります。時には自分が「男としてヒーローのように皆から賞賛される人にならねば」という理想像を持っていて、そんな高い理想と自分を比べるものだから常に自分はダメだ、ダメだとなってしまって苦しんでいた事に気づきそこから解放されて等身大で充実して生きるようになった人もいます。また極端に相反する思いや考えが浮かんで、常に葛藤してしまっていたあり方の両方を俯瞰できるようになり、それをどちらかに統一しなければというこだわりが取れて、その両方をうまくいかせるようになる場合もあります。

 ぜひこれまで述べたようなコツを参考にしながら、逃げないで自分に向き合ってみてください。懲りないでトレーニングしていればケン・ウィルバーが言うように、内側を明晰に見つめることができるようになり、やがては自己認識を深められたり知恵を手にすることができるようになるのです。

 今回は自分に向き合うコツと言うテーマで、内省力を養い高めるための基本といえる「見る」という行為と、内面に向かったとき盲点となりがちな一体化(同一化)から脱同一化するための「感じの感じ」という観点の二点をとりあげて検討しました。

 実は脱同一化に関してはここに述べた範囲で全て解決するようなものではありません。例えば自らのアイデンティティーと言うような大きな価値観に自我が一体化している場合など、そこからの脱同一化はユング心理学では「死と再生の過程」などというくらいの大仕事になる場合もあるのです。その辺りのことに関して『人はどのようにして挫折や苦悩を乗り越えて変化・成長するのか』というブログ内で述べたことがあります。また今後に『同一化と脱同一化』を中心テーマにしたブログをアップしたいと計画中でもあります。

参照ページ

インテグラル理論を体感する―統合的成長のためのマインドフルネス論
インテグラル理論×マインドフルネス。「今ここに現前している人間の潜在的可能性」をウィルバーが指し示すインテグラル理論へのもうひとつの入門書にして深遠な実践書。四象限、発達段階、多重知能、瞑想的意識に気づきを向けて包含する!
フォーカシングについて | 日本フォーカシング協会

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