インナーセルフ療法
「インナーセルフ療法」は自己の内面に向かい、今まで否定してきた自己の一部をイメージ化しながら探し出し、そことの関係を深めようとする心理技法です。この心理技法は過去に既存の催眠(イメージ面接)療法に飽きたらず何かもっと手応えがあって万人に役立つような心理技法はないかと工夫している中からまとまってきました。
インナーセルフ療法と名づけたのは私ですがその中身はすでにある二種類の心理技法をくっつけてまとめたものです。名前以外で私のオリジナルなところはほとんどありません。その二種類の心理技法とは「催眠イメージ面接法」と「フォーカシング」です。
インナーセルフ療法は心の悩みを解決したいと思っている人(クライアント)の中で、自分に向き合うことができる人なら用いることのできる心理技法です。シンプルなのでその技法は、治療者側にとっても会得しやすく用いやすいものです。ブリーフセラピーとして用いると有効で、慣れてくればユングの能動的想像法のように自分一人で内界の自己イメージとやりとりしながら自分を癒やしたり自己肯定感を強めたりもできます。
フォーカシングを基礎にした関わり
催眠療法では通常指示的にクライアントをリードします。そのため欠点としてクライアントの心の自然な流れを阻んでしまう危険性があります。また自我意識の働きを抑えて忘我状態を作り出す催眠は、無意識へのアプローチは活発化しますがその反面、自分と向き合って自己を観察する働きや認識作用、洞察力などが弱くなってしまいます。
過去に成瀬吾作先生が提案した「催眠イメージ面接法」はクライアント自身のイメージ展開を基本にしてそれを追随することで、その辺りを乗り越えようとしています。また水島恵一先生はより非指示的にクライアントのイメージに共感的についていくという(催眠を用いない)「イメージ面接法」を開発していました。けれども両者ともに治療者側の対応に、これといった筋やまとまりがないので治療者と被治療者、双方のセンスや裁量によってその成否に大きな差が出てしまいます。
これらの問題点を克服するのに最適なのがフォーカシング技法です。催眠療法家自身がフォーカシング的対応をすることで、いたずらに指示的になりすぎたり、クライアント自身の自己治癒への適切な流れを阻む余計な介入などの危険性を乗り越えることができます。
また傾聴中心の心理面接場面でクライアントの話が飛んで拡散していき収拾がつかないままに時間が過ぎる場合がありますが、それと同様にイメージ面接法ではクライアントのイメージ展開が拡散してしまって納まりがつかなくなる場合が数多くあります。けれどもフォーカシングの技法の中にはこの事態に適切に対応できる技法があるのでそこに陥らないように対処できます。
インナーセルフ療法は、クライアントに自分自身に適切な(観察する・見守る)距離感(親友に対するような)を持てるようになってもらうことを目標としています。この距離感はフォーカシングの理想とする『プレゼンス』のあり方であって「見守り寄り添う」あるいは「観察の」態度といえます。
ゲシュタルトセラピーの創始者パールズも彼の著作のどこかで言っていましたが、人は客観的な観察の直後に自我の価値観である「良い悪い、快不快」などの判断を即座に入れる癖を持っています。これは無意識的なあまりにも早い動きなので簡単には意識化できませんが「見ることにこだわり徹する」ことによりその癖に陥らないようになれます。「見る」という立ち位置にあることで、自我が一体化している所から離れることができるのです。また自分を責めてしまったり、思考が思考を呼ぶループからも脱却できます。
フォーカシングでは言語化以前の感覚(フェルトセンス)を「からだの感覚」「感情的な特質」「生活への関わりまたは物語」「イメージまたはシンボル的なもの」というようにわけています。アン・ワイザー・コーネルさんはその著書『フォーカシングガイド・マニュアル』の中で完全なフェルト・センスと生きているそれとして、からだの感覚が最も重要でイメージは一番軽い意味しかなく、イメージは万人共通の自然な手段ではないからです。と述べています。
けれども私はイメージ多用する催眠療法に携わってきたこともあって、イメージを心理面接の手段として用いることに慣れていて、万人の共通手段として用いることも可能と思っています。そこでインナーセルフ療法はあえて視覚イメージをとっかかりとして用いながら言語化以前の感覚(フェルトセンス)を「からだの感覚」「感情的な特質」「生活への関わりまたは物語」などをひもといて行けるように組み立ててみました。それらの(視覚)イメージの変遷を振り返ると心理変化の差異がわかりやすくてその点でも役立つように思います。
また、フォーカシングの用語になりますが「理想状態(Presence)」と「ある特定の所に一体化している(部分化)」の「感じへの一体化」「感じについての感じ」などというようにフォーカシング的捉え方をしていくことでイメージ面接のセッションの様々な状況を乗り切っていけます。
さらに「感じについての感じ」という概念は、自分に向き合う時のコツとしてとても役立つものです。例えば「悲しそうな自分がいます。でもなんか優しく見守れないです」とクライアントが言うとしたら「ではそのなんか優しく見守りにく辺りを見てみましょうか」などと、感じについての感じに適切に対応していけます。
またインナーセルフ療法は自己イメージ中心ではありますがフォーカシング的に関わることでイメージだけにこだわりすぎないで対応していける柔軟さもでてきます。
フォーカシング的あり方がインナーセルフ療法の基本的態度ではありますが、時に、自己イメージとより良い関係を作れるように積極的に「抱きしめてみましょうか」などとより強く働きかけることもいといません。また「自由に思いつくままに(自己イメージと)係わってみてください」とクラアント自身にやりたいようにやってもらってイメージ展開を待つこともできます。
上記に述べたようにイメージを多用することと『プレゼンス状態』を基本にしながらも、もっと自由に自己イメージに働きかけることもいとわない点がインナーセルフ療法の持ち味です。また通常のフォーカシングにおけるフェルトセンスより、自己イメージという大まかなくくりで自分に向き合っていける点もインナーセルフ療法の特徴になります。
インナーセルフ療法の狙い「自己肯定感を高める」
否定された自己の一部(シャドー)との再統合は元々心理療法の重要テーマです。その治癒過程を具体的にわかりやすく表現しているエピソードが東山紘久先生の『愛・孤独・出会い』という著書にあります。インナーセルフ療法の狙うところともちょうど重なる話なので紹介します。
「愛・孤独・出会い」の本には東山先生がラ・ホイヤ・プログラムのエンカウンター・グループに参加した体験談があります。そのエンカウンター・グループのメンバーの中年女性ジェーンがセッションの中で、自分の中にある子どもっぽさについて今までの多くの失敗体験を話します。そしてメンバーすすめで、ゲシュタルト・セラピィの技法を使って、ジェーンは子供っぽい部分のジェーン二世としてクッションを相手にロールをやったのです。
そしてその最後にジェーンは「お前とは訣別だ。私は一人で生きていく。おまえもどこへなりと行き、勝手に生きろ」とジェーン二世であるクッションを放り投げます。メンバーのみんなはジェーンの決意に拍手を送ります。ファンリテーターもその勇気を讃えました。ジェーンニ世のクッションはグループの真ん中に投げ捨てられたままで、話題は次のメンバーのことに移っていきました。
でも東山先生にはジェーンがジェーン二世を切り捨てるだけでは問題の解決にはならないことが見えていました。本によれば・・・「ジェーンの問題がジェーンニ世を切り捨てるだけではどうしようもないと感じていた。・・・・・・略・・・・・・何よりもグループの真ん中に捨てられたままのジェーン二世のクッションの寂しさが伝わってきた。次の人に話が進み始めた時に、先程あれほど元気だったジェーンがどことなく元気を失っているのも気にかかった。ファシリテーターの単純さに怒りを感じていた」・・・とあります。
その後、東山先生は投げ捨てたそのクッションを拾って胸に抱き・・・「お前はジェーンから嫌われて、今は捨てられてしまった。お前はジェーンを離れて生きてゆけるのか。お前はお前なりにジェーンを愛していたと私は思う。ジェーンはお前の意味を本当に分かっていないと私は感じる。・・・・・・略・・・・・・相手にだけ欠点や責任を押しつけていたのでは、二人の持つ良さは生きてこないと私は思う」と独り言のように話します。・・・そしてしばらくジェーンニ世を抱きしめていました。
すると突然ジェーンが東山先生からジェーンニ世を奪い、泣きながらジェーンニ世に詫び「私はお前の大切さを知っていながら、私の勝手でお前を捨てた。私はお前無しでは生きていけない。お前だってそうだ。今それが分かった。もう一生お前を見放さない。お前と二人で我々の人生を築いて、生き抜こう」とジェーンは長い間、働哭したのです。グループのみんなは自分たちの心に深く沈潜することができ。東山先生はジェーンニ世をジェーンに返せてホッとしたのでした。
かなり昔になりますが、女性クライアントAさんの報告してくれた夢もインナーセルフ療法を思いつくヒントになりました。彼女の夢には市松人形にそっくりな小さな少女が登場して、どこまでも彼女についてこようとします。クライアントは夢の中でその少女が気味悪くて嫌でした。クライアントは夢の中で階段を上がりました。するとずっとついてきていたその市松人形のような少女は小柄すぎて階段を上がれません。階段の一番下の所で彼女の方に行こうと、なんとか階段を登ろうともがいています。それを見かねた彼女は夢の中で思わずその少女を抱き上げました。抱き上げてみるとその人形は不思議に、なんともいえない暖かい感じがしたと言ってました。
夢の中と現実(エンカウンター・グループ内)での違いがあるにもかかわらず、先に述べた東山先生の本にあるエンカウンター・グループでのジェーンの体験と、市松人形の夢を見たクライアントとの体験が共通しているところがあるのがわかります。
インナーセルフ療法では、東山先生の著書『愛・孤独・出会い エンカウンター・グループと集団技法』の中にあるように、エンカウンター・グループのセッションで、グループの真ん中に投げ捨てられたままのジェーンニ世と同じに、クライアントの内界で打ち捨てられているような自己の一部を探したり、それを(フォーカシング的に)見守ったり、傍に一緒に居たり、してもらうのです。
今のあり方をとにかく見守り、しっかりと認識してもらうことが第一目標ですが、その後にはジェーン二世に東山先生が関わったようなやり方を提示したりしながら、東山先生に触発されてジェーン自身がとった行動や、女性クライアントAさんが、夢の中で、市松人形のような小柄な少女を抱き上げたような展開をクライアントに期待したり勧めたりすることもいといません。
インナーセルフ療法の進め方
インナーセルフ療法は主に面接が深まらないように感じた時や、クライアント自身が面接に物足りなさを感じた時、また会話がどうどう巡り的になった時などに導入するようにしています。
クライアントにインナーセルフ療法を勧める時にはイメージ指定をしてから意識的になりすぎないようさりげなく「自分の中のもう一人の自分に会ってみましょう」などと言って内的イメージを喚起してもらうようにします。より丁寧にやる場合は、リアルで自律的なイメージが出現しやすくなるように前もって軽い催眠誘導などをして下準備します。次にそこに現れる自律的イメージの自然な展開に任せながら治療者側は基本にフォーカシング関わりをしながら対応していきます。セルフイメージはできるだけリアルで自律的(勝手に動く)イメージが望ましいですが、それよりもっと大切なのは、内面と向き合っている当人の実感なので時々どのような感じかの確認が必要です。
指定イメージの例としては「地下室に入ってみましょう」「ベンチで腰掛けていると、もうひとりの自分が近づいてきます」などや「どんな雰囲気のイメージでそこに居るか見てみましょうか」などとか。部屋の中なら「部屋のどのあたりに居そうですか」「どんな気持ちで居るみたいですか」「姿勢や顔つき目つきはどんな感じですか」などを聞いていきます。「どんな思いでいるのか、わかろうとしてみましょうか」「(彼、彼女、動物?が)何か言うとしたら何て言いそうか聞いてみる感じで、、」「じっと見守って感じ取ってみましょう」などとフォーカシング的に介入します。
はじめに自己イメージに向きあうような指定イメージをしたら、次にそれに対する態度を「今だけでも親友に接するような感じで」とか「良い悪いと判断しないで、ただよくわかってみようとしてみましょう」などとフォーカシングのプレゼンス的なあり方でイメージと接してもらうようにします。
カウンセリングの途中で、クライアントの心に人格イメージが自然に浮かんでいる場合や、それに近い感じの体感があることをクライアント自ら話題にする時があります。そんな時には「そこをもう少し見てみましょうか」と提案して一旦閉眼してもらい「ではそこがどんなイメージかよく見守ってみましょうか」などとリードしてインナーセルフ療法に入ったりもします。また時には通常のフォーカシングの途中などでも、ある感じに対して「物事をその人なりに受け止めている辺り」をインナーセルフ療法的に人格イメージ化してみることを提案して関わってみることでより良い展開になることもあります。
セッションの際にはフォーカシングでいう「感じについての感じ」を見逃さないのが治療者側のコツです。アン・ワイザー・コーネルさんは著書『フォーカシングガイド・マニュアル』で「フォーカシングでは迫害者と被害者がいたらまず迫害者の方に同情を寄せる」といっています。それは被害者を救わねばという価値観にこだわりすぎない対応と共に内界の動き・流れをより詳しく明確化する働きもあって、内面への向かい方の良い例えです。
イメージとの体感的な距離感はとても大切で「どれくらい近づけそうですか」「近づいても大丈夫そうですか」「背中を擦ったり抱きしめたりできそうですか」などと聞いて確認します。それでクライアント(彼、彼女)とインナーセルフとの距離感が見極められます。「寄り添うような距離に近づいてみては」「背中を撫でたりさすったりしてみたらどうでしょう」「手を握ったり、できそうだったら抱きしめてみたりしてはどうでしょう」などとより積極的な関わりを提案する場合もあります。
考察
内面に浮かんでくる(人格像だけでない)自己像と向き合うことはクライアント自らの自分への気づきの大きなきっかけとなります。インナーセルフ体験をしてもらうことでクライアントが今まで無意識的で気づかなかった部分や否定していた部分を知ることもできます。またセッション直後の話し合いで、自分の内面をより掘り下げることができるようになります。
インナーセルフのイメージ展開にはよく登場する共通したイメージが見いだせます。否定的イメージでは、体育座りしている。うつむいてる。顔が見えない。など。接しているうちにそれらが変化した時の肯定的なイメージでは、笑ってきた。落ち着いてきた。などがあります。また、近寄りがたい。触れない感じ。距離を取りたがっている。などもよく登場します。また動物イメージや得体のしれないイメージが登場する場合もあります。
自分の問題となる部分とどれだけの距離にあるかを、出現するイメージとの間合いから計ることがでます。地下の部屋に降りてみたが誰もいない。などはまだ直に向き合える状態ではないと推測できます。また、近寄れない。見守ろうとしても批判的な思いがでてきて集中できない。などいうことで、すんなりとはいかない感じが見て取れることもあります。
そのように内的自己像と自我意識との距離感、内界に対する距離感が把握できることでインナーセルフ療法だけでなく心理療法全体としての困難さが読み取れます。他に距離感の具体例としては、近寄れない。部屋にいない。隣の部屋にいそう。どこかに隠れていそう。部屋に居なかったのに部屋を去る段になって名残惜しい感じがしてきた。影のようなイメージ。距離を取りたがっている。触れたり抱きしめたりできない感じ。などがあります。
インナーセルフ療法の短所としては、やはり指示的な心理技法の部類に入るので、クライアント自身の気持ちの流れやペースを遮ることになったり、ねじ曲げてしまう危険性があります。カウンセラーから働きかけが多くなることでクライアント側に「わかってもらえた」という感じがなくなる場合もあります。
自分に向き合うことも容易でない、ギリギリいっぱいのクライアントの場合などには適応できません。また内面に向き合おうとしたさいに、内面のイメージに圧倒されそうで向き合うのが苦しくなる場合は、そのイメージを受け止めかねている部分にフォーカスしてもらってから中止するのが良い場合もあります。
また治療者側がイメージ展開の扱いやフォーカシングの技法が未熟だと自律的イメージが出現しにくかったり、展開しにくい場合などに対処ができなくて行き詰まってしまうでしょう。
★参考文献:『』『愛・孤独・出会い エンカウンター・グループと集団技法』東山 紘久(著)『フォーカシングガイド・マニュアル』アン・ワイザー コーネル(著)
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