フォーカシング

 このページはフォーカシングについて紹介するつもりで書き始めたのですが、今一番気になっていることから書きはじめたために、ある程度心理療法に慣れた人やフォーカシングをすでに知っている人向けの話題になってしまいました。読んでもし難解でしたら、当相談室のもう一つのサイトの、初めての方に読んでいただきたいなと思って書いた『フォーカシング 寄り添い 見守る』のページを参考になさってみてください。また本からフォーカシング入門なさりたい方には、漫画入りでとても楽しく読める『マンガで学ぶフォーカシング入門』という本がお勧めです。

セラピーが成功するかしないかの分かれ道

 心の問題を解決しようとする場合に、それが成功するかしないかには大きな分かれ道があって、長年面接を重ねてカウンセラーとクライアントが誠実に頑張ってみても、成功しない時があるのです。心理面接はカウンセラーとクライアントの信頼関係ができていなければ成り立たないので、それがない場合はもちろん成功しませんね。けれどもある程度カウンセラーとクライアントの信頼関係はできているにもかかわらず成功しない場合が多々あるのです。

 驚くことに、フォーカシングの創始者であるジェンドリンはその著書で、セラピーが成功するかどうかは初期の二回の面接を終わるまでにはわかると言い切っています。全てそうとは言えないかもしれませんが、でも心理面接には大きく分けて二通りのまずいパターンがあると思います。

 そのひとつは、カウンセリングなどの心理面接の積み重ねているのに、いつまでたっても問題の核心に向かって深まって行かない場合です。(その逆のカウンセラーがクライアントのペースを無視して無理に入り込もうとしたり、暴きたてるようになってしまうことについてはカウンセラーの問題なのでここでは取り上げません)

 この、問題の核心に向かって深まって行かない時に、浅い所で話をしながらもクライアントとカウンセラーとが核心のところを受け止められるようにと「時が熟する」のを、それと知らずに待っている場合もあるので、深まらないことが全て悪いとは限りません。でもそうでない場合の(話し合い)は不思議に退屈感が増してくるものです。(そこの辺りの心理面接の機微を、神田橋先生が名著である「精神療法面接のコツ」の中で、この退屈感が出てきた辺りでカウンセラーは揺さぶりが大きくなりすぎない程度に、控えめに介入していくのが良いと言っています)

治そうと努力することがかえって悪くする?

 もうひとつの悪循環はもっと深刻です。それは「治すにはこうせねばならない」と決めつけて一面的になってしまう場合です。それは、今はまだ表面には現れてはいなくても、クライアントの内面にある相矛盾する気持ちや考えなど、心の深いところにある声を受け止めていくという、ほんとうの心理療法から大きくハズレたものになってしまうのです。

 時には不幸なことに、治療者とクライアント共に熱心なあまりにかえってそれがひこ起こされる場合もあるのです。心理の専門家と言われる人でもこの点にキチンと気づいていない人が多くて、巷にはレベルの低い心理療法が蔓延しています。

 これは、なにか問題が起こってそれを解決しようとする時には、良いやり方を見つけて、それを意志力で実行して解決するのだ。といういわゆる常識的なやり方からきた弊害といえるでしょう。気をつけてみると、ここには「自己否定のループ」が潜んでいます。人には誰でも、わかっていても、そうできないことがたくさんありますね。例えば自己主張したほうが良い!とか、規則正しい生活にしたほうが良い、などとカウンセラーにいろいろアドバイスされて、自分でもその時はそうだなと思えても実際にはそうできないことがほとんどなのです。

 でも、専門家の言う事だからとカウンセラーを責めることはできなくて自分の方を「弱くて意志力がないからダメなんだ」と責めてしまいます。よく考えてみると、悩みを解決しようと思って取り組んでいるうちに悩みが追加されていますよね。悩みを解決するために頑張ることが、かえって悩みを増やしてしまったのです。これは「心理療法家は立派だけど、自分は駄目だ」という自立できない図式となって延々と続いたりもします。そしてそれは、子供の頃に親などに代表される権威者との関係で陥った図式の繰り返しにもなっているのです。

 人との関係でなくても、例えば『~の成功の秘訣とか何々ダイエット』などというハウツー本を読んだ場合などにこれに陥りがちです。「そうかこうやれば良いのか」と思い立って、一時的には本のいう通りにやれたとしても、自分の心身のペースとは噛みあわないのが普通なので、ほとんど三日坊主となってしまいます。そして「あぁ、できなかったなぁ、やっぱり自分は駄目だ」と「自己否定のループ」を繰り返すのです。成功したのはその本が売れたことだけかもしれませんね。

 もしあなたが問題を解決しようと今現在心理面接に通っていたり、または自分一人で工夫をしたりしているのにそれがうまくいってない場合には上記の点をよく検討するとうまくいかない問題点が見えてくると思います。これらは、自分の内面との距離のとり方がうまくできてないところから来る問題です。人は「自分で自分をコントロールしていくのが賢い人間である」というような思い込みをしているので、自分の心身をも自分の思い通りにしようとし過ぎて、関係がこじれてしまったのです。ここを乗り越えようとするのに非常に役立つのがフォーカシングなのです。

心のエネルギーが解決に向かって流れ出すために

 カール・ロジャーズのカウンセリング研究グループにいたユージン・ジェンドリンは、カウンセリングが成功した人と失敗した人を調べていくうちに、成功した人たちがその内面でやっていた行為に共通のパターンがあることを見いだしたのです。そしてその過程を6つのステップに分けて体系化し、それを会得した人は誰でも良くなっていくことができるような心理技法として作りあげフォーカシングと名づけました。

 フォーカシングを会得すると、悩み行き詰った時にもそれを整理し、自分自身を安定させる事ができるようになります。自分で自分の治療者となれるのです。そのやり方を簡単にいえば「他人に接するのと同じように、少し距離をとって自分に向き合い見守ってみる」というやり方です。自分をコントロールしようとしないで、大切な親友に接するような気持ちで自分に寄り添い、見守るのです。

 打ちひしがれている親友の傍に、何も言わないで寄り添っていてあげていたら、それに救われた親友が自ら立ちなおろうとしてアクションを起こし始めるはずです。それと同じように、あなたの内側を見守り続けていると、行き詰まり滞っていたそこが開いて自らより良い方向に動き流れはじめるのです。しかし心身の中にいる(ジェンドリンが「フェルトセンス」と名付け、生きているそれともいわれる)内なる友人は、現実での友人のようには目には見えませんね。そのせいで特に最初はそれを見つけにくいかもしれません。でも慣れてくればすぐわかるようになってくるし、時にはあるイメージとなってクッキリ見えてくるようにさへなります。

 フォーカシングは先に述べた「自己否定のループ」に陥っているのを抜け出すのにも凄いパワーを発揮します。フォーカシングには「感じについての感じ」とか「感じについての感じについての感じ」などいう持って回った変な言い回しがあります。でもこれらの言葉使いを心の仕分けに用いると、ついうっかり見過ごしたり深層に潜んでしまって見えなくなっていた部分がほんとに見つけやすくなるのです。

 例えば、自己否定のループである「あぁ、できなかったなぁ、自分はやっぱり駄目なんだ」という感じの背景にあって、つい見過ごされていたものや、複雑で相矛盾する気持ちや考えなどもクッキリ見えてきます。そうなれば後はそれらの部分に寄り添い見守りながら、より良い関係を築いていけば自己否定の悪循環から必ず抜け出すことができるのです。

 この、フォーカシングで用いられる「感じについての感じ」という捉え方はフォーカシングに限らず、一面的なレベルの低い心理療法から脱皮するための特大キーワードなのです!カウンセラーもクライアントも共に、ここを見分けられるようになってよりよい心理療法へとステップアップしていくことが切望されます。

意識の働きと心身との関係

 目には見えない心ですが、その動き掴むために図にしてみました。この図から、悩み苦しんでいる自分がいったいどうなってこうなってしまったのか。そしてどうしていけば良くなっていくのかなどの目安をつけることもできます。

 図の中心にあるのが私たちの意識(自我意識)です。その意識の働きで相反する特徴を持つものを(A)と(B)の二つに仕分けしてあります。このような働きは人が生まれて物心ついた時から培って来るものといえるでしょう。(A側)は自分や周りのものに働きかけコントロールしようとするはたらきです。計画通りに「うまくやる」ようにしたり「~ねばならない」と自分の感情や欲求を抑えこんで頑張るようなあり方などがこちら側にあたります。真面目で健気な人ほどこのA側の働きが極端になりがちです。

図解意識の働きの画像

 (B側)の意識は、見て観察したり感じ取ってわかろうとする働きです。現代人は忙しくてじっくり味わったりしている暇がないので、直ぐにA側のコントローしようとする働きに取って代わられます。

 また人は何かあると直ぐに頭に持ってきていろいろ考える癖を持っています。例えば、すごく美味しい食べ物を食べた瞬間は、美味しさが自然にグーッと感じられます。でも次の瞬間にはもう「これは美味しいぞ、もっと食べたいな、どこに売っているだろう?あとで買いに行こう、、」などとまだ口をモグモグさせていながらもう頭(A)は別の計画を練ってしまいます。身体で感じていることと離れてしまうわけです。

 食べ物の話なら問題はありませんが、(A)側の説明のところで取り上げたような、真面目で健気な人で子供時代に、何か欲しいものもがあるときにも、また悲しかったり寂しかったりした時も「良い子であらねばならない」と思い、自分を抑えこんで頑張り続けたために(A)側の働きばかりが強くなってしまった人も多いのです。周りの期待にそうように頑張ってしまえば、感じたり欲したりしているありのままの心身は置いていかざるを得なくなります。

 悔しいことに、より良くあろうと健気に頑張ったがために様々な障害が現れてきてしまっているのです。こんな人こそ何とかしてそこを乗り越えて「悩み苦しんできたが今では人生がずっと豊かになった」といえるようにならねばなりません。

 フォーカシングではこの(B側)の立ち位置から適切な距離感を持って全てを見守ります。そしてそれまで置き去りにされていた部分とも仲良く繋がっていこうとするのです。

★参考ページ:『心の悩みや問題を乗り越えて行く道の地図と心理療法の実際』禅修行と絡めたフォーカシングの考察:『フォーカシングにおいて盲点となっている意識の変化過程