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電子書籍/小冊子『あがり症克服のコツ』

 あがり症で悩む方々の心理面接から導き出されたノウハウ本です。多くの心理面接の積み重ねによって、あがり症に共通する心理構造が解明されました。この本を読むことで、どうしてあがり症に陥ってしまうのかがよく理解できます。また、だれでも取り組める「あがり症克服」のための実践方法についてもわかりやすく述べています。

 既存のあがり症克服本は、その根本原因を明確にしないままにさまざまなテクニックを述べているに過ぎないように見えます。例えば、足が腫れて歩けなくなったという症状が出た時に、骨折なのか筋を痛めているのかそれとも筋肉を痛めているのか、またそれら以外の原因なのかで対処の仕方がそれぞれに違ってきます。ところが既存のあがり症克服本は、ただ冷やせば良いとか、温めれば良いとか言っているのと同じことになってしまっているのです。ですから、今までのあがり症対策のノウハウは、あの人には役立ってもこの人には役立たない。時に、まぐれで役に立つ。という位のものがほとんどだったのです。

 私は細々ですが、30年以上にかけて心の問題で悩んでいる人の個別のカウンセリングに取り組んできました。その中には、あがり症や今でいう社会不安障害で悩んでいる方もたくさん居ました。その方々と心理面接の中で、問題の克服に向かって取り組むなかで、多くの人に共通するあがり症の本質といえるものが見えてきたのです。個別のあがり症の原因や、その克服の容易さ困難さは人それぞれに違ってはいます。けれどもなぜあがり症になるのかの本質(根本原因)は意外に共通しているのです。それらをベースに他のあがり症で悩んでいる方に、読むだけでも、あがり症克服に役立つようにと、このマニュアル本を書き上げました。

 目次内容は以下の通りです。

  1. はじめに
  2.  なぜあがってしまうのか
  3.  どうすれば良いかを先に言うと
  4. 具体的な葛藤事例
  5. 慢性化したあがり症の場合
  6. よいアドバイスが全く役立たない場合も
  7. 真面目で正直な人ほどあがる
  8. 本来の目的を見失ってしまう 1
  9. 本来の目的を見失ってしまう 2
  10. 人前(壇上)に立つ前にしておくこと
  11. 伝えたい気持ちを強く持つ
  12. 実際場面での対処法 できることできないこと
  13. あがり症や社会不安障害の深層心理 1
  14. あがり症や社会不安障害の深層心理 2
  15. あがっている時の心境から
  16. まずあがり症の自分を救う
  17. 逃げの気持ちや上手くやりたい気持を乗り越える

★紙の本:『あがり症克服のコツ:980円+送料:300円
★電子書籍版:『あがり症克服のコツ:Kindle本:500円
★参照ページ:『当相談室の心理療法


夢と脳科学と物語の関係

夢は脳内モニターである

 近年脳科学の方から『寝不足を解消しないと脳内に毒素がたまる 神経科学者ジェフ・イリフ氏』との学説が発表されました。脳科学研究で注目されている老廃物アミロイドβの蓄積は、アルツハイマー病などの恐ろしい病気の始まりといわれています。

 カリフォルニア大学の脳科学者たちは、65歳から81歳の健康な人を対象とした実験をしました。その詳細は省きますがその結果、深い睡眠が不足すると脳の長期記憶に影響を及ぼしアルツハイマー病の引き金となるアミロイドβタンパク質が発生することを発見したのです。研究を行った脳科学者のWalker氏は「アミロイドβタンパク質がたくさん蓄積しているほど睡眠の質が低く、記憶力も低下します。さらに、深い睡眠が取れていないと、アミロイドβタンパク質などの有害物質を脳内から追い出すことが難しくなる、という悪循環に陥るのです」と語っています。

 脳内からの老廃物は脳脊髄液(CSF)に吸収され、他の排泄物とともに血液中に排出されます。CSFは目覚めているマウスの脳内ではほとんど動きません。でもマウスが眠ってしまうとCSFが脳内を駆け巡るのが見えるのです。眠ると脳細胞自身が縮み、脳細胞間の隙間動が広がることでCSFが流れやすくなってアミロイドβタンパク質をはじめとする脳内の有害物質を排出させるのです。ようするに睡眠中に脳の浄化作用が行われているわけですね。

 これらのことは心理学の分野では昔から周知のことでした。今から40年以上も前に、カナダの心理学者(生理心理学の研究者)であったW・ルーテは「自律性中和」と言う治療技法を発展させました。その技法の説明の中で彼は、ニューロンに蓄積された物質と機能妨害作用を減少及び段階的解消することを目的とすると言っています。そして睡眠でなく自律訓練法を応用した、より積極的に脳を調整する技法を開発していたのです。

 心の開放、浄化作用は睡眠中だけでなく、リラクゼーションや感情発散によっても起こります。というか守りのある中で、深いリラクゼーション状態になったり、泣いたり笑ったり怒ったりと情動発散したりする。その後に深い睡眠に入る。というのが浄化作業の順当な工程といえるのです。脳科学ではまだ解明されていませんが睡眠だけで浄化作業のすべてを賄うには充分でない場合が多々あります。

 思い出すのは、昔カウンセリングに来談していた若い男性が連れてきた友人女性の見た夢です。その男性クライアントはカウンセリングに興味を持った友達がいたので連れてきたと言って、彼の面接日に音楽仲間の女性を同伴してきました。そこでその回の心理面接は私とその男性クライアントで、彼女のことを中心に話し合いました。そして最後に、私のリードでイメージトレーニングによるリラクゼーションを彼女に体験してもらったのです。彼女はとても感激していました。その次の面接日に来談したその男性クライアントは「彼女は、この前ここに来た帰り道に涙が溢れてきて止まらず、それから4時間位ずっと泣き続けたらしいです」と言うのです。彼女はその夜に、おもしろい夢も見てそれを彼に話していました。それは、

 {夢:仙人とゴキブリ}

トンネルの中に居るとゴキブリがいっぱい出てきた。
そこで彼女が「助けてぇ~」と叫んだら仙人が登場した。
そしてゴキブリを2,3匹残してあとは全部壁に穴を開けて逃がしてくれた。

 というものです。この夢から、彼女の内でかなり大掛かりな浄化作業が行われたのは確かですね。私とその男性クライアントは、彼女を男性二人で相手してあげたから、それで仙人が登場したんだろうね。などと悦に入って頷きあったものでした。彼女が見た夢の中のゴキブリとは、脳科学でいうところの老廃物アミロイドβに相当するといえでしょうか。この彼女の体験からして、心が開放され、感情が発散される。深いリラックスに至る。睡眠も深くなりそこで最後の仕上げが行われる。そしてその工程が夢の物語となってモニターできる。という流れなのがよくわかります。

 脳科学の実験で、アミロイドβの除去速度を、目覚めている時と眠っている時の脳で比較して測定した結果、アミロイドβの排除は睡眠中の脳のほうが、ずっと速いということがわかったようです。でも泣くという行為を含めて心理臨床面ではすでに大切な浄化作用とされている感情発散は脳科学ではどのように位置づけされるでしょうか。そのうちには脳科学で涙の中にもアミロイドβが含まれていたり、また別の老廃物が含まれているのが発見されるでしょうか。他にも脳内物質にはセロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンなどもあるようです。それなどとの関係もふくめたその全貌の複雑さを思うと、その解明は果てしないようにも思えますが。

夢は心の体験を物語にして見せてくれる

 夢分析の第一人者であった河合隼雄氏はある講演会の中で「意識と無意識の間で、さまざまな物語が生まれてくる。その典型的なものは夢だと思っています」と述べています。たぶん、その典型的な物語である夢が、世にある昔話から文学作品などのさまざまな物語のルーツなのでしょう。たしかに夢は現実の体験を不思議に象徴化してうまく物語ってくれてると思います。

 脳科学でいろいろわかってくることは脳の治療に関して非常に役立つ発見となるでしょう。しかし考えてみれば私たちは太古からそれを夢モニターの発する物語として見ていたのです。脳科学による説明や脳画像などはわかりやすいかもしれませんが、夢モニターでそれを知るほうが、自分一人でチェックできて便利です。そのうえ夢は物語形式なので、サスペンスからホラー、ファンタジーまで盛りだくさんでずっとおもしろみがありますね。

 次に紹介する夢も、自分の体験したことを物語ってくれたというばかりでなく夢が物語を紡ぎだすことによって心をまとめあげ、仕上げをしてくれたのがよく納得できるものです。それは「私の父親が息をつまらせて死ぬ」という私が見た夢です。今から12年くらいくらい前に私は「とにかく悟ってみたい!」と思って禅修行に打ち込み、日常ちょっとでも暇があれば坐禅していました。そして細切れでしたが、丸一日で約九時間あまり座禅した次の朝にとても印象的な夢を見たのです。目覚めて床の中でその夢を思いだした時、ちょっとした気づきと共に体感的にとても不思議な感じが起こりました。

 {夢:お披露目会 、父が息をつまらせ死ぬ}

私がプロ野球チームの監督のようになるらしい。
左隣にもう一人同じような立場の人も立っている。
その奥のテーブル席には野球チームのオーナーらしき年寄りもいる。
新任監督のお披露目の場のよう。
私の側に父がいて、私の周りを驚くほどに忙しくグルグルまわり廻って、私の身なり、格好などについてあれこれ世話を焼く。
父親は終いには勢い余って、みずから肩をいからせ息を詰まらせ、ぶっ倒れて死んでしまう。

 朝、目覚めて直ぐにこの夢を振り返っていた時、ふと呼吸に注目したのです。するとこの時だけでしたがいつもと違う不思議な感じで、出る息が長く長く天井の方に向けて空中をズーッと伸びていったのです。不思議な気持ちよさでした。同時に「ああ、ちゃんとやらねば、ちゃんとやらねば、とずっとやってきたんだなあ」との思いが浮かびました。

 この夢を見なくとも、坐禅修行だけでも同様の気づき体験ができたかどうか検証することはできないわけですが。でも私はこの夢で「あぁそうだったんだなぁ、、」と深く頷けたのです。夢は「お前のやったことはこうなんだよ、そしてこうなってるよ」と物語って教えてくれたのです。

 この時の禅修行とその最中に見た夢とで私の強迫性的なこだわりからずいぶん抜け出すことができたように思います。坐禅修行と夢によって私は治療されたのです。私は完全主義的な「キチンと整えたい」との強迫性障害的なところがありました。四国の山村で農業を営んでいた父は手先が器用で、趣味と実用から始まった大工仕事がプロ並みとなり田舎の小さな建設会社で採用され大工としても働いていました。

 そんな几帳面でキッチリとした仕事をする父親からそれを受け継いだようです。坐禅中に、もう極限まで「ちゃんとやらねば、うまくやらねば」とこだわってました。まるで夢の中で忙しくグルグルまわり廻って私の身なりを気づかう父のようにそれをやり続けていたわけです。ところが逆説的に、それをやり続けたために疲れ果て、夢の父のように息を詰まらせ、ぶっ倒れてしまうような形でそれを手放すことになったわけです。

 ところで私の参禅したことのある曹洞宗系の道場では「只管打坐」「ただ坐れ」などというように工夫や努力などの計らいは戒められています。それを何度も聞いている私は、もちろん意識では充分わかっているつもりでした。それなのに坐禅していると、いつの間にか「これでいいのか、間違っているのではないか、もっと良いやり方がほかにあるのではないか」などと頭を使って計らい続け「ただ坐る」というあり方から程遠いことをやり続けていたのです。

 なぜ素直になって計らいを止めることができなかったのか。その理由は「うまく要領よくやろうとする」あり方は私の信条とまでなっていて、一体化(同一化)していたからでしょう。長い間に無意識の癖となってそれが普通となり、おまけにそれが自分となってしまうので容易なことでは気づくことができません。このようなあり方は内省的な心理療法やカウンセリングがなかなか進展しない大きな要因のひとつとなります。というかそもそもそこに向き合ったり取り組む気になれないのです。それが自分であって、それをなくすることは自分をなくする(死ぬ)ことになりかねないのですから。

 おもしろいことに、この私のまぬけな禅修行は曹洞宗とは相反するやり方の、臨済宗系の公案(禅問答)を用いる修行過程に添っていたのでした。臨済宗では例えば「隻手音声」というのがあって「両手を打てば音がするだろ。では片手の音はどうかそれを聞いてこい」などと理屈に合わない問を老師に課せられるのです。そう言われた修行者は真摯に最大限考え尽くすわけです。考えるだけ考え、悩むだけ悩むと最後はその考え悩む機能が働かなくなって止まってしまう。するとそこに答えの方自ら立ち上がってきて解決に至る。見性する。という修行方法なのです。

 私は悟りにはほど遠かったですが、それと知らないででも同じ過程を歩んだのでした。心のことは逆説が多いですが、これも間違った修行だったのに、かえってそれで良い修行ができたというちょっと苦笑気味の逆説です。

 このブログに取り上げた夢は、説明の都合上もあって典型的な夢がほとんどです。全ての夢がこのようにわかりやすいとは限りませんね。でも、そんなわけのわからない夢なのに、なぜか気になる場合があります。そんな時はそれを否定したり、呆れたりするだけでなく「たぶん夢なりには上手に表現しているのだろうから、きっとなにか意味があるはず」と思ってみましょう。そしてもう少しあれこれ検討してみてください。すると、いつもとは限りませんが、時に「ああ、そういうことかぁ」などと眼から鱗で発見があったり、納得したり、心がのびのび解放されたりするようなことが起こったりします。

★参照ページ:『リラクゼーションと自然治癒力』『夢は心の掃除から整理、整頓までしている』『夢は教えてくれる』『夢は全てを知っている



夢は教えてくれる

 何かに真摯に取り組んでいるとそれに関すると思われる夢をよく観るようになります。気がついていない人も多いでしょうけど。 それもありがたいことに、夢はヒントをくれたり、認めてくれたりほめてくれたり、違った視点から知らせてくれたり、導いてくれたり、癒やしてくれたさえしてくれるのです。ほんとに助かります。夢の教えは無料だし。あなたも、困ったときには夢に「なんか教えて下さい」と頼んでから眠ってみてはいかがでしょう。

 今回も手前味噌でなんですが私の夢から、夢の中に私を導いてくれる女性像が現れた夢を紹介してみます。

 2016年正月の朝、ふと今朝方見た夢を思いだした。初夢。

 夢の中に私を助けてくれるというか導いてくれるといってよいような女性が出てきた。それに感動してちょっと涙ぐんでしまった。

 私は長年夢日記をつけてきたせいで夢を見慣れている。そこでだいたいが、目覚めたらすぐにああこんな夢を見たな。と思い出すようになっている。ところが正月朝はそんな感じで思い出したのではなかった。朝目覚めた時は夢を見た覚えがなかったのだ。正月朝なのにちょっと暗いめの気分でウジウジ考えていたら、ふっとこの夢を思い出したのだ。嬉しかった。

 {夢:山道に迷う。女性が道を教えてくれる}

道に迷っていた。私の夢では定番の山旅をしている。川に出ようと思っているのだが。夜が迫っているのによくわからない難しい山道に来てしまった。

 確か凄い遠回りのようだがこちらに行けば行き着くはずと思って、山の奥深い道ともいえないような道を行こうとしている。通り道に山村の民家もあるようだ。その村の人か農家の主婦か、年齢は分からないが中肉中背の女性が「こちらから行くと良い」と道を教えてくれる。

 その後に、いつの間にか山をかなりくだっていて、なだらかになった道を歩く私に、そのうねった道のちょっと高い上側の位置からその女性が 「ユング心理学云々」と私に語りかけてくる。私がユング心理学の知識があることを知っているようだ。私は「ユングは一番初めに子供向けの絵本のような本を作ったらしいよ」と聞いたこともないようなことを彼女に言う。

 今回の夢は、私の日常でのここ最近の心のあり方を、こういうことになってるよと教えてくれた感じです。自分が昔よりずっと素直になっているよ、それがあなたの生きる道行だよ、子供心を持って活き活きできるよ。と教えてくれたのではと夢分析しました。

 私は10歳代後半から20歳代の頃に、親が死んでも泣けないのではと気になるほどに理性的だったり合理的で、感情面が上手く働いていませんでした。強迫性障害といえるくらいだったでしょう。そんな私でしたが、私自身の心理療法的な体験学習や、泣き虫ハーちゃんといわれるくらい良く泣いた河合隼雄先生の人柄や、彼の拡めたユング心理学などの導きによって私もこの歳でようやくすなおな感情を取り戻せたようです。まぁ、今年で65歳なので男でも涙もろくなるのが普通だよということかもしれませんが。

 こんなにはっきりしたユング心理学的にいうところのアニマの導きはこれまでの夢体験ではじめて。夢中の女性がちょっと見上げるような高い位置にいたというのは、女神的な要素も含んだ女性像を現しているのかも。そこで連想するのが、この年末年始にかけて中島みゆきの歌を聞いては泣き続けていたことです。歌の題名は『ヘッドライト、テールライト』。

 この歌の「ヘッドライト、テールライト旅はまだ終わらない。ヘッドライト、テールライト旅はまだ終わらない・・・」というフレーズを聞いていると、旅はまだ終らないとあるのに、なぜか、この世に挑戦して先に逝った人のことがそれぞれに思い出されるのです。河合隼雄先生をはじめ、親父、それほど親しくはなかったが田舎の自死したり病気や酒にやられて死んでいった同級生。 それに今まさに大変な苦労を背負い込みながらも精一杯生きている私の知り合いの人たちも。それらに65歳になって未だ決着しないでジタバタしている私の生き様が重なって泣けてきてしまうのでした。

 この歌はTV「プロジェクトX」の挿入歌なので、日本を世界トップクラスの技術経済大国にした名もなきエンジニアとかビジネスマンのことを想定して作られたのかもしれません。でも歌姫、中島みゆきはこの世を旅する全ての人を想って歌っているのだ。と私は確信します。おまけに近代文明の申し子である自動車の灯り「ヘッドライト・テールライト」と歌われている辺りが、昔のようにのどかとはいかない、孤独な近代人の、旅や生き様をピッタリあらわしているように思えて私の涙腺はますます緩むのです。

 とにかく夢の中に導いてくれる女性像がそれもちょっと人間以上の存在のような女性が登場してくれたことが嬉しいし、心強い。

★参照ページ:『夢と脳科学と物語の関係』『夢は心の掃除から整理、整頓までしている』『夢は全てを知っている



夢は全てを知っている

夢は知っている

 横浜の中区で心理相談室を営んで30年以上になりますが、それに先立つ30才の頃に私は「魂のことをずっとやっていこう」と決心したことがあります。「私の人生は心の修行者でいこう。やってやるぞ!」と意気軒昂でした。岡本太郎の「危険な道をとるか、安全な道をとるか。迷ったら、危険な道をとる」という有名な言葉がありますが、それにも後押しされてそう決めたのでした。無謀にも。自分の器もよく知らないままに。

 ちょうどその頃、河合隼雄先生の書いた深層心理学の本を読んでいました。その本には「無意識はすごい世界である。自己実現の道はとても素晴らしいものではあるが、生易しいものではない大変な道でもある」などと書いてありました。でもやる気満々の私はそれを読んでも「ホウそんなものかね、私なら大丈夫」などと高をくくっていたのです。

 ところがその夜に見た夢は、凄いしんどい夢でした。

台風で増水しすごい濁流となっている広い川。
私はその川の中を向こう岸に渡ろうと必死に泳いでいる。
激しい流れの勢いに私はどんどん川下に押し流される。

 というものだったのです!ビックリして、その夢を見た直後に目覚めました。

 夢は、あまりにも甘く考えている私に業を煮やして「お前はわかってないなぁ。こうなるんだぞ」とばかりに伝えてきたのでした。 その当時はそんな夢を見ても私の「心のことをやっていきたい」という欲求は止まりませんでした。でもその夢から35年近くたってみても、確かにその通りだなぁ、とつくづく思います。 この歳になっても未だに、川下に押し流されながら濁流を泳いで渡っている感があるのです。はたして死ぬまでに向こう岸に泳ぎ着けるかしら。向こう岸に泳ぎ着いたときは死んだ時なのかも。それとも向こう岸にはつかなくてもしぶとく生き伸びて大海に着くという手もありますが。

自律訓練法とヨーガと夢の活性化

 私が夢日記をつけはじめたきっかけは40年ほど前に、自律訓練法の記録をつけ始めたメモ帳に夢を書きとめたのがはじまりです。私はその当時、自分で自分に暗示をかけるという自律訓練法を会得しようとしていました。でもうまくいきませんでした。頭でっかちで思考に頼りすぎていて、 自分の心身が感じ取っていることや発していることに目を向けることができなくなっていたからです。でもなんとか会得したいと、挫折してはまた気を取り直して試してみるというのを繰り返していました。

 そんな工夫の中で、ヨーガのアーサナをやってから自律訓練法をやるという方法を試みてみたのです。すると、夜寝る前にヨーガと自律訓練法をやってから眠りに入って、おおよそ三十分から一時間くらいたたった頃、今までにないビックリするような強烈な夢を見て目覚めたのです。「アレレ~これはなんだ」と、手元にあった自律訓練法の記録帳にその夢をメモったのでした。

 そのはじめて夢の記録には、自律訓練法をやる前にフロイトの本で夢のところを読んだりして、その後に自律訓練法をやって眠ったと記してあります。なんという無意識のノリの良さでしょう。まるで判で押したように、夢の本を読んだらそれをきっかけに今までにないほどに強烈な夢を見たわけです。それは思わず書きとめずにはいられないほどに私の人生ではかつてない強烈な夢だったのです。

 フロイトの精神分析にはそれほど興味が持てなかったのでそれっきりだったと思いますがその後、自律訓練法をやりながら眠ると強烈な夢を見てはビックリして目覚めてしまうことが時々起こるようになりました。そのやり方が私の心身にはマッチしていたようで、私の自己治癒力は夢にも現れるくらいに強く活性化されたのです。何時も、というわけではなかったですが、ヨーガ+自律訓練法をやりながら眠り込んでおおよそ三十分くらいたつと強烈な夢を見て目覚める。という定番パターンです。

 その頃の夢で今でも良く覚えているひとつはこんなのです。

自分が今寝ているベッドで、身体がでんぐり返りはじめる。
それからどんどんどこまでも沈んでいく。死ぬ感じ。
からだがジーンとなって、両手の指先から放電する。
その指先には赤黒く焦げた放電穴ができている。

 面白いことに、どこまでも沈んで行くことが死ぬことなのでは、と不安に思いながらも、どこかで気持ち良さを感じてもいました。

 自律訓練法では、訓練を行っていると脳の放電を必要とする活動部位が活性化されその結果、各種の反応が出現するとみなしています。そのことが書かれていた自律訓練法の本をその当時私が読んだことがあるかどうかは定かではありません。でも私の見た夢はまるでこの「脳の放電」そのままの夢でした。おもしろいことに夢分析の方では、フロイト派の夢分析を受ければフロイト心理学的な夢を見るし、ユング派の分析家にかかればユング心理学的な夢を見ると言われています。私は自律訓練法にかかったので自律訓練法(自律性解放)的な夢を見たといえるのでしょうねぇ。夢って不思議です。

 その後は印象的な夢を見て目覚めた時にすぐに書きとめたり、反復しておいて後で書きとめたりしてきたのです。おかげで私の人生「こんなはずじゃなかった」というのはなくなりました。大事なことは夢なりに、こうだよと教えてくれているので「やっぱりそうだったか」などと納まりがつくのです。そうなんです、私が間抜けでも夢先生が賢いので助けられて何とかやれているわけです。

 ところでその後に知ったのですが、ユング心理学の創始者カール・G・ユングはその著書「ユング自伝1」の中の無意識との対決の章に、フロイトと決別した後に無意識からわき起こってくるイメージに昂奮し激情した際にはヨーガの行を行い、自分を静めたとあります。そして自分が静まったらまたそのイメージや内的な声が語りかけてくるのを許して受け止め観察・対決していったようです。日常に出現してくる統合失調症の幻覚、幻聴に匹敵するような無意識からのビジョンやイメージなどをヨーガの行によってコントロールしながらそれに対決していったとは、やはり天才ユングにしてできる凄いことです。

 ユングはその本でインドの人たちはヨーガの行を多くの心の内容やイメージを完全に抹消するために行うのである。とも書いてあります。でも私がヨーガ+自律訓練法をやった結果は一見、まったくその逆の活性化ですよね。

 凡人の私は幸か不幸かユングのような天才の持つイメージ力・想像力や、それを受け止める力は全くなくて、大げさにいうと無意識とは切り離れたところの頭の中だけで(強迫性障害的に)生きていたのでした。ですから私の場合は無意識と切れかかっている、そこをまず回復する必要があったのです。ということは無意識(自己治癒力)の働きを活発化するためにヨーガを取り入れたことになりますね。最終的にはユングも言うように抹消に向かうわけですが、ヨーガが沈静化にも活性化にもどちらにも役立つとても優れたものだということなのでしょう。

 催眠療法から派生した心理技法である自律訓練法にしても、身体の柔軟性を追求していくヨー ガのアーサナ(体位法)にしてもその基本は心身の深いリラクゼーションにあります。ヨーガや自律訓練法でなくとも、深くリラックスする(緩む)ことで、心身の偏りや滞りが緩和されて心的エネルギーが(例えば脳のシナプスの流れなど)正しい道をのびのびスムースに流れやすくなるのです。例えば、足のかかとを入念にマッサージ棒でホグしたり、また他には頭をマッサージ棒で入念にホグしたりして寝たときにもかなり強烈な夢を見て目覚めたことがあります。

 夢は脳内の放電作用のモニター役だけではありません。私の生きる道を濁流の中を泳ぐ大変さで的確に例えて見せてくれたのは、夢が教えてくれるというより叱るつもりだったかもしれませんが。でも夢先生はかなり親切です。何かに真摯に取り組んでいると、そんな人を健気に思うのか、夢先生の対応も顕著になってきます。

 私の知り合いは、高校生の頃に数学の問題が解けずに諦めて寝たら、その問題が解けた感じの夢を見たのでした。それですぐに起き出して、その問題に再度取り組んでみたら今度はすらすらときれいに解けたそうです。大助かりですよね。あなたもそうなれるかも。 ぜひ夢に教えてもらいましょう。慣れるまではちょっと取っつきにくい先生ではありますが、無料で相談に乗ってくれますよ。

★参照ページ:『夢と脳科学と物語の関係』『夢は心の掃除から整理、整頓までしている』『夢は教えてくれる



頭が考えているうちは深いリラクゼーションに入れない

一体どうなっているのかをまず見極める

 リラックスすることを身体レベルだけで考えるならことは簡単ですね。筋肉がほぐれるようにマッサージやストレッチ、軽いスポーツなどをやれば肉体は弛みます。でもそれだけでは充分ではありません。 なんといっても人は心のリラックス(安らぎ)が伴ってないと満足できません。実はそれがないと身体(脳内など)も心底は緩み切らないようです。

 この心のリラックス(安らぎ)は身体レベルのリラックスみたいに簡単にはいきません。心理学や宗教があるのは心のリラックス(安らぎ)が簡単に得られないものだからではないでしょうか。心の問題は目に見えないものであることから全て難題となってしまうのです。

 例えば眠りに入るには意識するしないにかかわらず(外界を信頼して)自分を投げ出し委ね(布団やベッドや世界に)リラックスする必要があります。ところがなかなか入眠できない時に「眠らなければ、眠らなければ、」と自分でやみくもに頑張ってしまう人(私も)のなんと多いことでしょう。それは例えば、荷物を積み過ぎて沈没しかけている船に、かえって荷物を積み込んでしまっていることになるのですが。

 焦りに嵌ってしまったらお手上げです。よい対策を立てるにはまず、問題となっているものをよく見抜かねばなりません。まず、眼に見えない心には盲点と逆説が至るところにあることを用心しましょう。そして心がなぜ安らげないのか、どうして緊張してしまうのか、一体どうなっているのかを心理学によってしっかりと見抜いていきましょう。

うつの心理分析(まじめな頑張り屋ほどギャップに苦しむ)

 最近ではさすがに休息や癒しを「悪」ととらえる価値観の人は少なくなりました。でも「充実した一日を送らねばならない」と思っている人は大勢います。そして一日をゴロゴロ寝てばかりで過ごしその夜には「今日はなんにもしなかったなぁ、マズかったなぁ、」と反省します。リラックスや癒しをするにしても、スパ銭に行ったりスポーツをしたりなど、なにか形になるものをやらないと充実した気がしないのです。

 ゴロ寝して心身は休息していたわけですがその調整作業は計測器には映らないので怠けてしまったと勘違いしてしまうのです。このパターンが強まってしまうと、身体は疲れているのに頭の一部が常に動き続け出します。それよって身体の方は休むに休めない状態に陥り、疲れはたまり続けます。そして焦燥感、無力感も強まりうつ状態となるのです。

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  うつになる人には真面目で頑張りやさんの上にとても謙虚な人が多いのです。時にそれらが高じて自己否定にまでなってしまっています。「自分は本来怠け者なので休んだりして自分を甘やかすと際限がなくなりそうなんです。それが心配で手放しで休んだことはないかもしれません」と言います。そこにはありのままの自分に対する信頼(自信)がありません。自己否定は強まって自責の念ともなっています。その自己否定は身体にも及び、そのため身体が疲れすぎてしまっていることを素直に受け止められなくなっているのです。

 この「自分と切れている」と呼べるパターンは外との関わりでも同じです。強い自己否定や自己卑下から他の人に合わせるばかりで自分を出せません。また自己不信は、周りからどんな良いことを言われてもループして結局自分はダメなんだ、というところに行き着いてしまうのです。それに更に追い討ちをかけるのが、うつ状態のその大変さを周りに解ってもらえないことからくる辛さです。「包帯を巻いてる人が羨ましい」と言われた方がいました。外目にはそれと見えないために家族にさえもわかってもらえなくて、病気レベルなのに治癒に向かうための(心の)居場所がありません。家族の中に「(何でも)気力でやり抜けば何とかなる」などの価値観を持っている人が居たりすると、ますます追い詰められてしまいます。このようなところからくる孤独感や自己への無価値観は計り知れないものとなって「消えてしまいたい。死んで楽になりたい」と思わずにはいられなくなるのです。

抱え環境の育成

 どの本だったかは忘れましたが、中井久夫先生の著書に「良く寝たなぁと感じる日が何日か続けばうつは治るだろう」とありました。うつ状態にあっては目覚めている時でも、脳はすでに半分くらい休息していそうです。でもそんな状態にあっても心(脳)の一部は不安や焦り、焦燥感から身体に歩調を合わせることができなくなっているのです。簡単にまとめすぎですが、心底深い休息に入れなくて中途半端にあがいているのが「うつ」状態といえるでしょう。とにかく深く休息しなければなりません。神田橋條治先生は名著『精神療法面接のコツ』の中で「精神療法を推し進める力の大部分は精神療法家の力ではない。患者自身や患者を取り巻く環境の力であるとわかってきた。・・・」とのべて抱え環境の育成を強調しています。

 「うつの人を励ましてはいけない」とワンパターンのように言われていますが、それはマラソンを一生懸命走り切った人に、もっと走れと言うに等しいからですね。当人ができるだけ心理的に脅威を感じないで居られるよう。そして守られていると感じられるような環境が必要です。これは考えてみれば身体的な怪我や病気の場合と同じなのです。私は時に、付き添いの方や家族の方にうつの事を説明する場合に「体が怪我や病気をした時と心も同じですよ」と言います。心が傷ついて出血していて動けない状態にあったりするということです。そしてその治療方法も「例えば症状や怪我の程度が酷けれ安静にしてお医者さんや看護師さんに全てやってもらうとかしますね・・・」などと説明していきます。

 補足:カウンセラー(心理治療者)としては先に述べたこととちょっと矛盾するような課題を忘れてはなりませんね。それはうつ状態に限らず悩み苦しむ人に接する場合に、神田橋條治先生が言うように「・・・悩み苦しむ能力と意欲との現れを察知したら、苦痛を除去する治療サービスよりも、悩み苦しむ能力と意欲とを尊重し活用する治療姿勢、をとるほうが正しい選択である・・・」という対応の仕方です。



リラクゼーションと自然治癒力

 こころとからだのリラックスがとても大切なことは万人の知るところです。

 ではなぜリラックスが大切なのでしょう。それはリラックスすればするほどに生命体の働き(自然治癒力など)が活発になるからです。緊張することは逆にこの働きを滞らせてしまうのです。

 例えば被災地を復興するには、復興するに必要なものをそこに持ち運び、被災して不必要になったものは持ち去って破棄します。ところが時に、被災地までの道路が分断されていてトラックがそこまでたどり着けず復興がおくれてしまうということが起こります。緊張するということは、この被災地に通ずる道路を分断はしなくとも狭めてしまうことになるのです。荷物を積んで被災地までを往復するトラックは渋滞に巻き込まれてしまい身動きできなくなるのです。リラックスすることは、この大切な被災地までの道路を広々としたものにしつらえることになるのです。

 リラックスすればお腹も胸ものびのびと動きます。胸やお腹の辺りにある様々な内臓器官も楽にスムースに動き、働くことができるるようになります。例えば食べ物を食べれば、リラックスしてのびのび動きやすくなった胃や腸やその他が必要な栄養素だけを速やかに吸収してそれ以外はスムースに排泄するように働きます。滞りが無いために体内を常に新鮮に活き活きと保てるのです。

 深いリラックスによって身体(筋肉)が緩むと血液の流れ道である血管も広がります。そうなればまるで渋滞のない広々した道路のように血管の中を血液がスムースに流れます。体のあちこちにたまった老廃物を血液トラックさんがさっさと持ち去ることができます。またその逆に必要な栄養素を速やかに体の隅々まで配達しやすくなります。流れがスムースになればなるほど自然治癒力は働きやすくなるのです。他のリンバや神経の流れや、東洋医学でいう経絡の流れ、はたまたインド発祥のヨガでいうクンダリーニの流れなど「体内の様々な流れ」も同様です。

 心も同じです。「心を開放する」といいますが、緊張があるところで解放はスムースに行きません。リラックスすることによって心的エネルギーものびのび活き活き流れるのです。

 「ストレスが溜まる」と言いますが、緊張によって流れがせき止めら否定的な感情や情動が鬱積している状態です。でも、深くリラックスして眠れば睡眠中に、この溜まったものが開放、調整されます。それと意識しなくとも目覚めた時にはもうスッキリと調整が終わっている場合だってたくさんあるのです。睡眠中に見る夢は、この脳の自己調整作用の働きのモニターのような役目をしているようです。

 泣くこと、涙を流すことはヒトの大切な営みのひとつです。カウンセリング場面で苦しく辛かった思いを話す時、涙が溢れます。また時にはフォーカシングで自分を見守ろうと目を閉じ、内面に目を向けただけで、なぜだかわからないけど涙が溢れて止まらなくなる場合もあります。そのようにして涙を流しきった後には、涙でお化粧は剥がれていても不思議に眼はパッチリクッキリとしてきます。まるで使用前使用後のように、つやつやいきいきとした顔つきに変化する人も多いです。涙とともに心の閉ざされていた部分が開放されて道が広く繋がり流れが良くなることで心も身体も新鮮に蘇ったのでしょう。

 ところで深いリラクゼーションを得るためには「ほっと安らぐ」ことがなければなりません。そのためにはできるだけ居心地の良い環境になるようにしつらえる工夫が必要です。例えば家族や友人に余計なことは言われないで、ただ寄り添ってもらったり、共感してもらえればそれは大きな(心の)支え環境となります。また人間よりもペットの方がより気持をわかってくれて支えになる場合もありますね。自然に包まれることもその大きな一つです。先月永眠された「森のイスキアの佐藤初女」さんは「食事をして美味しいと感じた時に心が開放されるんですよ」とNHKアンコール アーカイブス「心をわかちあう」の対談で話されてていました。またお風呂に気持よく入れたなら、それもかなり深いリラクゼーションとなります。

 リラクゼーションに導かれるきっかけをいろいろ述べてきました。それら全ては、いろいろ心配だったりして苦悩したり、焦ったり、一人でいろいろ考え続けて(頭が)一時も休まることもなく頑張り続けている部分をピタッととめる効果があるのです。人はホッとすると何も考えなくて良いようになります。想像力がある人ほど悪いことを想像すると、まるで本当にそうなったかのように身体までそれに反応してしまうのですが、それも止まってしまうので心身ともに楽になるわけです。

 逆にいうと、頭が思い煩い考え続けてしまっているうちは周りがとてもよい環境になったとしてもそれが内面まで響かず深いリラクゼーショが得られない場合もあるのです。また強い自己否定が癖になっていると、周りからのよい働きかけさえも自己否定の回路と結びつき、結局最後はいつものように自分を責めることになりかねないのです。このあたりのことは次回に「リラクゼーションと自然治癒力その2」でもう少し詳しく述べてみます。



心の傷を癒す睡眠

 睡眠を充分取ることは身体の健康だけでなく、心の健康にとっても非常に大切です。ところが最近は睡眠不足の人が昔に比べ増える傾向にあるのです。これは当相談室に来談される、差し迫った心の問題を抱えた方の話だけではなくて現代人全てに共通していえることです。科学の発達によってさまざまなことが便利になったのはとても良いことです。便利になればゆとりが出るはずなのに、でも時代は逆にスローライフから遠ざかるばかりですね。生産性を高める効率(主義)化、イコール過密スケジュールとなってしまったのです。おかげで睡眠をたっぷり取るような無駄な時間はなくなってしまいました。

 私の敬愛する禅の、井上希道老師は近年、参禅する方の中に疲労の溜まっている方が増えてきた、と言います。広島の少林窟道場に上山して禅修行に入ると、それまでからだに蓄積していた疲労が表面化してきて、坐禅中に眠気が出てくる人が多くなっているのです。井上老師は「疲れて集中力がないままに修行をしても良い結果は出ない。まずよく眠って疲れをとり、集中する気力を回復してから修行をしろ」とよく言われています。

 当相談室で不定期に開催している催眠セミナーに参加される皆さんにも、セミナー途中で、催眠を利用したリラクゼーションを行うと、昔に比べより多くの人が睡眠に移行します。忙しい毎日を過ごしていて睡眠不足気味だったり、うつ状態までいかなくともかなりの疲労が溜まっていたりしているのです。能力開発の前に疲れを取ることが先決となっています。

猫

 統合失調症治療の第一人者であった精神科医中井久夫氏は『精神科治療の覚書』の中で「統合失調症の発病前には必ずといっていいほど睡眠障害がある。統合失調症から回復した人が不眠に気をつけて再発せずに済んでいる場合も少なくない」と述べています。またネット上の情報『心の傷を治すのは時間ではなく睡眠・・・』では、米国カリフォルニア大学神経科学者マシュー・ウォーカー氏が「睡眠に多くの重要な働きがあるがその一つが、心の健康を維持しやすくするという働きなのだ」と話しているとあります。彼の研究チームの睡眠に関する実験からは「睡眠(特に夢を見ているレム睡眠)には心の傷を癒す効果がある」という結果が出たそうです。

 睡眠時間はただ長ければ良いというものではありません。質の良い睡眠のために、できるだけリラックスして深く眠れるようになるための工夫も大切です。図式としては『心がほっと安心する⇔身体がリラックスする⇒深い睡眠⇔レム睡眠時の解放調整作業の活発化』という感じで心身の調整作業は深まっていきます。そうなるには入眠の前に、心がホッとしたり、楽になったり、伸び伸び解放されていたり、また身体がほぐれてできるだけリラックスしていたりする必要があるのです。