カテゴリー別アーカイブ: 催眠療法について

リラクゼーションと自然治癒力

 こころとからだのリラックスがとても大切なことは万人の知るところです。

 ではなぜリラックスが大切なのでしょう。それはリラックスすればするほどに生命体の働き(自然治癒力など)が活発になるからです。緊張することは逆にこの働きを滞らせてしまうのです。

 例えば被災地を復興するには、復興するに必要なものをそこに持ち運び、被災して不必要になったものは持ち去って破棄します。ところが時に、被災地までの道路が分断されていてトラックがそこまでたどり着けず復興がおくれてしまうということが起こります。緊張するということは、この被災地に通ずる道路を分断はしなくとも狭めてしまうことになるのです。荷物を積んで被災地までを往復するトラックは渋滞に巻き込まれてしまい身動きできなくなるのです。リラックスすることは、この大切な被災地までの道路を広々としたものにしつらえることになるのです。

 リラックスすればお腹も胸ものびのびと動きます。胸やお腹の辺りにある様々な内臓器官も楽にスムースに動き、働くことができるるようになります。例えば食べ物を食べれば、リラックスしてのびのび動きやすくなった胃や腸やその他が必要な栄養素だけを速やかに吸収してそれ以外はスムースに排泄するように働きます。滞りが無いために体内を常に新鮮に活き活きと保てるのです。

 深いリラックスによって身体(筋肉)が緩むと血液の流れ道である血管も広がります。そうなればまるで渋滞のない広々した道路のように血管の中を血液がスムースに流れます。体のあちこちにたまった老廃物を血液トラックさんがさっさと持ち去ることができます。またその逆に必要な栄養素を速やかに体の隅々まで配達しやすくなります。流れがスムースになればなるほど自然治癒力は働きやすくなるのです。他のリンバや神経の流れや、東洋医学でいう経絡の流れ、はたまたインド発祥のヨガでいうクンダリーニの流れなど「体内の様々な流れ」も同様です。

 心も同じです。「心を開放する」といいますが、緊張があるところで解放はスムースに行きません。リラックスすることによって心的エネルギーものびのび活き活き流れるのです。

 「ストレスが溜まる」と言いますが、緊張によって流れがせき止めら否定的な感情や情動が鬱積している状態です。でも、深くリラックスして眠れば睡眠中に、この溜まったものが開放、調整されます。それと意識しなくとも目覚めた時にはもうスッキリと調整が終わっている場合だってたくさんあるのです。睡眠中に見る夢は、この脳の自己調整作用の働きのモニターのような役目をしているようです。

 泣くこと、涙を流すことはヒトの大切な営みのひとつです。カウンセリング場面で苦しく辛かった思いを話す時、涙が溢れます。また時にはフォーカシングで自分を見守ろうと目を閉じ、内面に目を向けただけで、なぜだかわからないけど涙が溢れて止まらなくなる場合もあります。そのようにして涙を流しきった後には、涙でお化粧は剥がれていても不思議に眼はパッチリクッキリとしてきます。まるで使用前使用後のように、つやつやいきいきとした顔つきに変化する人も多いです。涙とともに心の閉ざされていた部分が開放されて道が広く繋がり流れが良くなることで心も身体も新鮮に蘇ったのでしょう。

 ところで深いリラクゼーションを得るためには「ほっと安らぐ」ことがなければなりません。そのためにはできるだけ居心地の良い環境になるようにしつらえる工夫が必要です。例えば家族や友人に余計なことは言われないで、ただ寄り添ってもらったり、共感してもらえればそれは大きな(心の)支え環境となります。また人間よりもペットの方がより気持をわかってくれて支えになる場合もありますね。自然に包まれることもその大きな一つです。先月永眠された「森のイスキアの佐藤初女」さんは「食事をして美味しいと感じた時に心が開放されるんですよ」とNHKアンコール アーカイブス「心をわかちあう」の対談で話されてていました。またお風呂に気持よく入れたなら、それもかなり深いリラクゼーションとなります。

 リラクゼーションに導かれるきっかけをいろいろ述べてきました。それら全ては、いろいろ心配だったりして苦悩したり、焦ったり、一人でいろいろ考え続けて(頭が)一時も休まることもなく頑張り続けている部分をピタッととめる効果があるのです。人はホッとすると何も考えなくて良いようになります。想像力がある人ほど悪いことを想像すると、まるで本当にそうなったかのように身体までそれに反応してしまうのですが、それも止まってしまうので心身ともに楽になるわけです。

 逆にいうと、頭が思い煩い考え続けてしまっているうちは周りがとてもよい環境になったとしてもそれが内面まで響かず深いリラクゼーショが得られない場合もあるのです。また強い自己否定が癖になっていると、周りからのよい働きかけさえも自己否定の回路と結びつき、結局最後はいつものように自分を責めることになりかねないのです。このあたりのことは次回に「リラクゼーションと自然治癒力その2」でもう少し詳しく述べてみます。



野田式催眠理論

 野田式催眠では、実は催眠状態の方が普通であって、覚醒しているとか意識している状態のほうが特殊なのであるといいます。普通の催眠のとらえ方とは正反対で、まやかしっぽい言い方ですよね。でもこれ、いがいと真実なのです。

 この考え方が正しいかどうか?まずは催眠とはどのようなものか、という基本のところから考えてみましょう。催眠療法は心理療法の歴史の中で一番古くからある治療技法です。でもそれほど古くからある催眠なのにちゃんとした理論はありません。みなそれぞれに催眠とはこういうものだといってはいますが、それらは部分的なものであって、催眠の全てをひっくるめたような理論がないのです。

 でも、私に言わせれば、催眠は『感情移入(集中)』と『自我放棄(移譲)』の二つであっさり説明できるのです。催眠(トランス)状態とは「その気になったり夢中になって、我を忘れて(誘導者にあけ渡して)しまった」状態ということです。一部ではこれと似たようなふうにいわれることはあったのですが、このとらえ方をメインにして催眠の理論としたものは今までありませんでした。

 例えば、日本の学術的な場では成瀬悟策氏の「催眠とは人為的に引き起こされた状態であって、いろんな点で睡眠に似ているが、しかも睡眠とは区別でき、被暗示性の高進および、ふだんと違った特殊な意識性が特徴で、その結果、覚醒に対して運動や知覚、記憶、思考などの異常性が一層容易に引き起こされているような状態を指していう」などといわれています。

 これを読んでいると、催眠状態ってよほどの特別な意識状態なんだなぁ、、と思えてきますよね。催眠トランス状態は「変性意識状態」とも名付けられています。この言葉だけでも催眠状態は特別な意識状態なのだとの思い込みができあがってしまいます。でも実は催眠と同じ心理状態は日常でしょっちゅう起こっているのです。成瀬先生のいうような「ふだんと違った特殊な意識性」ではなくてその逆に、ふだんに頻繁にある意識状態なのです。例えば何かに没頭しているときは、その全てが催眠状態と同じく我を忘れた(我をなくした)意識状態なわけですが、そんなことは日常にしょっちゅうありますよね。

 脳神経学者の ベンジャミン・リベット『マインド・タイム  脳と意識の時間』にいわせれば、その実験結果からすると、人間の意識は実際の行動より0.5秒遅れてあたかも今それをやっていると思い込んでいるというのです。この論を推し進めていくと、人の日常はそのほとんどを無意識的行為が占めていて、意識はただそれらを自分でコントロールしていると思い込んでいるだけということになります。もちろん意識もいろいろやってはいるでしょうけど、その量たるや、ビット数に換算すると人の心身の情報は1100万ビットという凄い量なのに、意識の方にあがるのは50ビットという微量なのです。

 ベンジャミン・リベットの実験結果や、意識の働きはたかだか50ビットということから更に考えを推し進めていくと、人は、催眠状態と同じようにその日常のほとんどを無意識的な行動で過ごしていることになります。このことが冒頭に書いた、催眠状態の方が普通であるということです。意識って、身体とは別に頭で四六時中考え続けているせいか、いつのまにか自分が全てを統制しているように思い込んでしまったのですね。

★参照ページ『催眠の正しい理論