心の世界の道しるべ ~ケンウィルバーの意識のスペクトル

 「この苦悩から解放されたい」「癒やされたい」「私の可能性をもっと発揮してより良く生きたい」・・・私たちは心の傷の癒やしや、悩みの克服、能力開発や自己啓発など、精神的な課題に取り組む時、「一体どうしたらこの苦しみから解放されるのか」「これで本当に能力開発できるのか」「どうしたら良いのかわかならい」・・・などと暗中模索から始まるのが常です。心が目に見えないものであるためにどうしても方向喪失に陥りやすいのです。自分の心に向き合おうとしても本当に向き合えているのか。それすらわからない場合も少なくありません。

 そんな時のための手がかりとしては、心理学をはじめ世には数多くの心のとらえ方(概念)があります。心と身体の癒やしから自己啓発や能力開発して自己を成長させていくためのノウハウも幾通りもあります。心理学から宗教的な修行法、またスピリチュアル的なものからボディワーク的なエクササイズまで非常に多くのものがあります。私の興味がある限られた範囲で今思いつくままに取り上げてみても、心理療法の基本であるカウンセリングやそれから派生したフォーカシング。ユング分析心理学(夢分析)、箱庭療法、ゲシュタルト療法、催眠療法、ヨーガ、エサレンボディワーク、マインドフルネス瞑想、坐禅、など枚挙にいとまがありません。

 でもそれらはそれぞれの分野のなかでは体系化され、完成されたものであっても、その専門分野(心の一部分)の狭い領域のみのなかでは、と限られています。

 そのため別の分野からみると相矛盾する考え方になる場合もあります。例えば精神分析の分野では、自我を強くすると言いますが、一方禅仏教においては自我という実体はない。と言います。一体自我というものをどう考えたらよいのか、迷ってしまいますね。正当派心理学では自我を真の自己と定義づけているので自我のない統一意識(悟り、涅槃)は正常でない変性意識となってしまうのです。また逆に自我がないとする統一意識からすると自我は幻想であるので、自我を強化しようとする心理学は無駄ということになってしまいます。これは一体どういうことでしょうか。

 なぜそうなるのかというと、それらは国で言えば一国に限定された地図だからです。自分一国のことで全てと思い込んでしまったために、それらが反目し合ってしまうのです。

 ひとつの国内を旅するにはその地図は最適でも他の国に行こうとすれば以前の国の地図が役立たないのと同じに役立ちません。旅をしていて他国に足を踏み入れたら、今までの地図にはない所に居るのですが、それが心という目に見えないもののために、うっかりすると今まで使っていた他国の地図を心の道しるべとしてしまう間違いも起こるのです。

 ひとつの国の地図だけでなく、やはり地球全体を見渡せる世界地図があるのと同じに、心の全体像を見渡せる心の世界地図が必要なのです。そんな心の全世界を網羅したものとしてアメリカの思想家ケン・ウィルバーの『意識のスペクトル』という考え方があります。彼の意識のスペクトルという心のとらえ方は、唯一心の世界がどうなっているかを全体を見渡せる心の世界地図として見せてくれるものといえるでしょう。

 世に様々にある心理学から宗教的な修業方法までがケン・ウィルバーの意識のスペクトル上のあちこちにちゃんと位置づけられるのです。

 その意識のスペクトルとは。ケン・ウィルバーによればスペクトルの底辺では自分が宇宙と一体であり、真の自己は自らの身体だけでなく宇宙全体であると感じているといいます。これは生まれて物心つくまでの心のあり方と同じであり、時に悟り体験によっても経験する状態です。人の思惑を挟まない事実のみが展開する世界です。

 スペクトルの次のレベルは自分は身体と一体であると思う状態です。これは赤ちゃんが母親と共に鏡に映った(鏡像)自分を見て自分が写っている思い込むところから始まるレベルとも言えるでしょう。身体と環境との間に境界をひいたのです。

 その次の段階では身体の一部分である頭というか、精神的な自我が自分であると思うようになるのです。私の場合は眼の後の方に自分がいるように思い込んだり、思考が自分だと思っていました。身体との間に境界をひいたのです。そこで身体は自分の一部という位置づけになります。

 そして三段階目では、自我内で心の好ましくない部分は抑圧して、心の特定の部分を自分だと思い込むのです。例えば自分の弱い部分を抑圧して強いのが自分だと思い込むのです。これも私の例ですが、私は若い頃自分は男らしいと思っていたので、脅威を感じるような人に接する時に媚びへつらって相手と仲良くしようとしている部分には全く気づいていない時期がありました。

 まとめると、第一に環境と身体を区別する境界。第二に身体と自我とを区別する境界。そして第三に自我の一部とそこが受け入れがたいものを区別する境界の三つを人は繁務意識的に作ってしまっているのです。境界線ができると対立するものとの争いが必ず起こります。例えば自我と身体との境界において対立が強くなれば身体の本能的な「~したい」というような動きや自然治癒力と、理性など「~すべき、~した方が良い」というような自我のあり方がぶつかって身体が身動き取れなくなり、機能不全となります。

 また自我の一部とそこが受け入れがたいものを区別する自我内での境界においては非常に激しい争いが起こる場合があり、これは人間関係のトラブルの原因となります。自我の一部を言い換えてみると、ある価値観の枠組みといえます。そこでもうまるでそれが真実の自分であると思い込んで(一体化、同一化)しまうと、その自分を守るためにはそうでない価値観を持つものは否定せざるを得なくなります。それ以外は全て真実でないもの間違っているものとなってしまうのです。おまけにそれは他者否定だけに限らず自己否定ともなって葛藤してしまうのです。参照ページ:『投影

 そこでこれらの境界の壁を取り払って繋げていく事が必要となり、それが世に様々あるセラピーや心身の修行法なのだといえるでしょう。ケン・ウィルバーの意識のスペクトルを参考にすると、それらの心理療法や修行法が収まりよく配置されるのがわかります。

この図はケンウィルバーの意識のスペクトルを下地に加筆してあります。

 この地図から自分の課題がどこの辺りにあるか見極めて取り組んで行けばよりよいでしょう。そうすれば間違った地図によって教えを説いている専門家や自分自身の専門分野にこだわりすぎて他を認めない指導者に惑わされることもなくなるでしょう。心の道に迷い、何年も彷徨って年月や労力を使ってしまうのは本当にもったいないことですから。

 より詳しく知りたい方はぜひケン・ウィルバーの入門書であり名著である『無境界ー自己成長のセラピー論』を読んでみられることをお勧めします。

 今まで様々な心理療法等を試してきたりしてはいるが、自分が心の課題のどの辺りを取り組んでいるのかよく知りたい。また、今の自分の課題により適切な心理技法や修行方法は何なのかを知りたい。などとお考えの方は、当相談室の初回相談やカウンセリングなどで一緒に考えることもできますのでよろしければご活用ください。参照ページ:『心理療法


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